5月1日より抗がん剤の関税を撤廃
4月12日、国務院常務会議において李克強総理は抗がん剤の関税をなくすという発表を行ない、これは中国国民に大きな反響をもたらしました。
この発表の背景にあるものは何でしょうか。
国務院(内閣)常務会議における重要決定項目
2018年4月12日に開かれた国務院常務会議にて、医薬品に関連したいくつかの重要な政策が李克強(首相)により発表されました。
① 5月1日より、抗がん剤の輸入関税をなくす
② 抗がん剤を政府によって調達することにより、中間のコストをなくす
③ 輸入新薬の上市を早めるため、臨床試験開始のためのIND申請制度、および医薬品輸入手続き制度の改正
④ 新薬に最長6年のデータ保護期間、中国と海外で同時上市の新薬について、最長5年の特許保護期間の補充(関連記事はこちら)
今回は項目①と②を取り上げます。
5月1日から抗がん剤の関税をゼロに
中国はWTOに加盟した2001年以降、医薬品に対する関税を徐々に低減させてきました。直近でも昨年12月より、抗がん剤の輸入関税を2%まで下げています。
現状2%という低水準の関税ですから、それが0%になったとしても経済上のインパクトはほとんどありません。しかし、「すべての医薬品で関税撤廃」というワードは十分なインパクトがあります。
輸入国産を問わず、消費税が大幅低減
4月12日の国務院常務会議において、関税撤廃と同時に、増値税(消費税に相当)も低減させるとの発言がありました。この時に税率には触れていません。
そして4月27日、財務部は「抗がん剤の増値税政策について(財税(2018) 47号)」という通知を出し、これまで17%だった増値税を3%に減税すると発表しました。こちらは販売価格に影響を与える減税額になっています。しかし、元々輸入抗がん剤は価格が非常に高いため、たとえ20%価格が安くなったとしても中国の庶民にとってはとても買える物ではありません。
そこで続く第三の政策、最も実効性の大きな政策に注目してみましょう。
抗がん剤の一括調達による中間コストの低減
4月の重要決定事項の2番目に挙げましたが、政府は一括調達、保険の適用リストの見直し、各企業との価格交渉、電子商取引の活用によって販売価格を低減させることを発表しました。
この一括調達、保険適用、価格交渉、電子商取引はそれぞれ密接な関係があります。
もし新薬が中国の保険適用になれば、一気に販売量が増えることになります。そこで政府は保険適用をするに際し、各企業と価格交渉をしたり入札を実施することによって、調達価格を圧縮します。2017年の実績で平均50%も値段を下げることができたとのことです。
一括して購入した新薬は、電子商取引によって全国に販売することになります。
2017年の実績では、価格交渉で700億円、保険適用を含めると1000億円以上も患者負担を減らせたとのことですから、この政策は最も効果的です。しかし諸外国にとってはあまり良いニュースではないため、これら3つの政策を一度に発表したようです。
がん患者負担の社会問題
こうした決定の背景にあるのは、医療費に対する国民の不満が高まっているということです。
ここ数年「看病难」(診療を受けたくても受けられない)という言葉が流行しています。病院に行っても人が多く待ち時間が長い、専門の医者がいない、医療費が高い、ベッドが足りないというわけです。このうち医療費の問題は「看病贵」と言われ特に注目されています。
中国では年間429万人が新たにがんが見つかっており、日本の4倍です。しかし、抗がん剤の市場規模は2兆円を超えくらいで、この市場規模は日本の2倍程度でしかありません。多くの国民に抗がん剤は高すぎるのです。その結果、5年生存率は日本の半分しかありません。(癌の種類が異なることも関係していますが。)
今年になってがんにり患した子供を歩道橋から突き落として死なせた父親の事件が中国で話題になりました。また、高齢化社会が日本以上の速度で進み、毎年がんにり患する患者数も年10%で増え続けており、社会問題になっています。
考察
今回中国政府は、諸外国と国内世論の両面に歓迎される、とてもうまい組み合わせの政策を発表しました。
諸外国は中国の関税の不公平感を重く見ていますし、世界最大の市場として市場開放を強く望んでいます。特にトランプによる圧力が高まった4月、関税撤廃の発表は大きなインパクトがありました。アメリカとの正面対立を望んでいないことがわかります。
一方で一党体制とはいえ、安全保障上、国民の世論についても無視することはできません。あまりアメリカに対して弱腰な対応をしたとの印象を自国民に与えるわけにはいかないのです。
そこで今回、国民の「看病难」を解決するという名目のもと、貿易戦争を避ける絶妙な政策を送り出しました。
世界の抗がん剤開発企業にとってこれは千載一遇のチャンスですが、すでに対象になる医薬品のリストが公開されています。このリストの分析は別記事をご確認ください。
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弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)
藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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