改良発明とグラントバック
ある基本技術Xについて、日本企業(ライセンサー)が中国で基本特許を有しており、当該特許に基づき、中国企業(ライセンシー)に契約地域を中国としてライセンス許諾がされることを想定してみましょう。中国企業のR&D能力が強化されつつある現状では、基本技術Xが製品であれ製造方法であれ、ライセンシーの中国企業は中国での基本特許のライセンス許諾を受けた後に、技術Xそれ自身の商品化を行うことと並行して、技術Xの技術改良に努めることも十分にありうると想定しておかなければならないでしょう。
1. 改良技術のグラントバックとは
1-1) はじめに:
その改良技術がライセンス対象の中国の基本特許の範囲内に入っていれば(基本特許に対して、所謂、利用関係となる場合)、中国企業が改良技術に基づいて商品化を行ったとしても、当該商品の製造・販売は日本企業の有する基本特許の侵害になることから、中国企業はいずれにしても日本側からライセンスを取得する必要があります。従って、基本特許に関する両当事者間のライセンス契約の下で処理することも可能でしょう。然しながら、改良技術に基づく商品がライセンス対象の中国の基本特許の範囲外となってしまった場合、そのような商品を中国企業が製造・販売したとしても基本特許の侵害にならず、原則、自由にできる、即ち、日本企業にロイヤルティーを支払うことなく事業を行えることから、基本となる技術Xを提供した日本側は何か物申したい状況になるに違いありません。
1-2) 消極論と積極論:
前記のような状況を想定して、予め、ライセンス契約上、様々な手当てをしていくことが考えられます。
先ず、中国企業は技術改良の為の研究開発行為をしてはならない(「研究開発活動の制限」)との条件を付けること。次いで、研究開発活動を行うことは許容するが、そのような行為によって技術改良を完成したとしても、その成果物としての改良技術Yについて中国企業による使用を禁止・制限する(「改良技術の使用制限」)条件を付けること。更に一歩進めて、改良技術Yの知的財産権を日本企業に譲渡する、若しくは、独占的なライセンスを許諾することを求める(「アサインバック / 独占的グラントバック」)ことにより、中国企業による改良技術Yの使用を不可能とすると同時に、ライセンサーの日本企業が改良技術Yの使用を可能とする条件を付けていくこと。最後の契約条件は、ライセンサーの中国企業が研究開発をして改良技術Yを獲得したとしても、自己で使用(自己実施)することが出来ないことから、改良技術Yを獲得することを目的とした研究開発を行うことを実質的に禁止する効果を有していると言えます。基本特許のライセンス契約中、このような契約条件を付けていくことによって、ライセンス契約締結後中国企業が改良技術に乗り換えることなく、基本技術Xを継続的に製造・販売すること、そしてライセンス契約の下でロイヤルティーが支払われることを担保していく手法です。
他方、中国企業の研究開発能力が強化されつつ現状を鑑みれば、今後は中国企業が自由に改良技術の開発をすることを許容して、むしろ、新しい改良技術Yが生まれた場合、日本側がこれを利用できる機会、即ち、改良技術Yの事業化を出来る機会を確保していく、という考え方を取ることも出来ます。その場合には、中国企業に対して、改良技術Yの知財権について50%を日本側に譲渡してもらい日中の共有にする、又は、日本側に非独占のライセンスを許諾してもらう等の手法をとることになります。
特許権者とは、時として対象とする技術市場で特許的に圧倒的な地位を築いている場合があり、そのような力を背景に、ライセンスの許諾を受けたいとする者(ライセンシー)に対して高額の対価を設定することに留まらず、それ以外にも、様々な理不尽な契約条件・付帯条件を求めてくることがあります。そのような場合にライセンシーに助け舟を出してくれるのが、独禁法です。さて、今回の「グラントバック」は、特許権者が要求してくる理不尽な付帯条件の代表例の一つとして挙げられるものですが、日中で、法律上どのような取り扱いがされているのか、検討してみたいと思います。
<続く>
Author Profile
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弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)
藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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