中国 / 医薬品の承認審査に関する法規制の現状
1.始めに
中国の医薬品の承認審査の制度改革に関連して、今、医薬品の監督官庁である国家食品薬品監督管理局(SFDA)によって「医薬品の承認審査(登録)に関する管理弁法」の改正作業が進んでいます。今回の「中国医薬品ビジネス レポートNo.4」では、かかる制度改革に焦点を当てて、解説したいと思います。
2.薬事行政の政府組織の変遷
中国では、過去二十年、医薬品の薬事行政を司る組織は、幾度かの変遷を経て今日に至っています。当初、国家薬品監督管理局(SDA)と呼ばれていましたが、その後、国家食品薬品監督管理局(SFDA)に変わり、次いで、国家食品薬品監督管理総局(CFDA)となりました。現在では、この略称、CFDAで呼ばれています。
このような変遷の中で、中央政府による薬事行政の本格的な幕開けは、1998年3月に国家薬品監督管理局(SDA)が国務院の直轄部門として誕生した時に始まったと言えます。2003年には国家食品薬品監督管理局(SFDA)と改称し、「副部級」(副省庁ランク)の国務院の直轄部門になりました。2008年には衛生部(日本の省)の管轄下に置かれ、「国家局」に格下げとなりました。現在の姿であるCFDAは、2013年の行政組織改革の際に「正部級」(省庁ランク)の国務院の直轄機構に昇格されて出来上がりました。このように、医薬品行政の監督官庁は、汚職等の社会問題にも巻き込まれながら紆余曲折を経て今の姿になっていると言えます。
3.医薬品の承認審査(登録)制度の発展
1)黎明期
医薬品の承認審査(登録)制度の基本となる法規は「医薬品の承認審査(登録)管理弁法」です。その前身である「新薬審査弁法」が制定された1999年当時には、まだ「医薬品の承認審査(登録)」の概念が明確に提唱されておらず、「医薬品審査」という行政用語が一般的に使われていた程度でした。2001年に改正された「医薬品管理法」(日本の薬事法に該当)の公布・施行、及び2002年の「医薬品管理法実施条例」の施行等を背景に、「医薬品の承認審査(「登録」管理弁法(試行)」が誕生しました。ここで初めて「医薬品の承認審査(登録)」という概念が中国で樹立されました。これをもって医薬品の承認審査を統一的に規制する法規が正式に立ち上がったことになります。
2)新薬R&Dの立ち上がり期
初代SFDA局長である鄭篠萸が署名した2005年第17号局令により、「医薬品の承認審査(登録)管理弁法」が正式に公布され、その際、同時にそれまでの「医薬品の承認審査(登録)管理弁法(試行)」が廃止されました。これはSFDAが「行政許可法」に基づき改正した最初の省令でした。2007年7月10日、鄭局長は、約649万人民元の収賄罪及び職務怠慢罪により北京で死刑執行。その当日、新任局長の邵明立が第28号局令を署名、その新令の公布と同時に旧法を廃止しました。正に、「人亡政息 」(人が死に、その政策も廃止される)を目のあたりにすることとなりました。当時のこのような「大火事の後の火の用心」とも言える法改正は、国家による医薬品の監督体制についてのイメージ回復という政治使命の達成を目的としていたとも言えます。
3)イノベーションを視野に
2013年、新設置の国家食品医薬品監督総局(CFDA)の初代局長に張勇が任命されることとなりました。彼には、社会の期待も厚く、特に国務院総理の李克強の願望に応えて、最も厳しい食品・医薬品の安全監督体制を構築しようとしました。CFDA設置後、「医薬品の承認審査(登録)管理弁法」の改正について、2013年と2014年の2回にわたって意見徴収稿(パブリック・コメントを求める草案)を公布したものの、その内容は現行規制の範囲内で改善を追求するといった手法に留まっていました。一方、地方の薬事に関する行政監督体制の改革が遅れ、そして現場の監督執行力も弱いため、薬事行政改革の不徹底に対して、社会から様々な非難が浴びせられました。結局、局長の張勇は1年10か月の短い任期で退任せざるを得ませんでした。当時の改正草案も草案のままで、遂に、正式に公布・施行までには至りませんでした。
4.2015年 / 薬事制度改革の幕開け
2015年に医薬品の監督・管理体制には巨大なうねりが巻き起こりました。承認審査制度に関して、非常に重要な新政策が相次いで発表されました。即ち、国務院が2015年8月18日に発表した「医薬品・医療機器の承認審査制度の改革に関する意見」(国発(2015)44号),及びCFDAが公布した「医薬品の承認申請の滞貨問題を速やかに解決する為の政策意見の徴取についての公告」(2015年第140号通達)、という2つの通達です。
この2つの通達を比較すると、国発44号とCFDA第140号通達が共通する内容は、主として次の通りです。
(i) ジェネリックの品質と先発医薬品の品質との一致性
(ii) 臨床的な価値を有する医薬品を創出する為のイノベーションの奨励、及び臨床的に緊急度の高いイノベーション新薬の承認・審査の期間の短縮化、
(iii) 承認申請における虚偽・不正行為を厳しく取り締まること。
国発44号通達にはなく、CFDA第140号通達にのみ規定された内容については、例えば、先発医薬品とジェネリックの参入時期に関連して、「特許期限満了の6年前にジェネリックの臨床試験申請の受理を開始すること」と規定されています。即ち、第140号第7条には次の通り定められています。
「特許法の保護を受け、カバーする特許の有効期間内の医薬品について、国家食品薬品監督管理総局は当該特許満了6年前よりジェネリックの臨床試験申請の受理を開始し、特許満了2年前から生産申請の受理を開始すること。この条件を満たさない場合、承認申請を受理しないこと。既に受理したものについては、却下の対象となり、企業は改めて申請すること。」
5.中国 / 複雑な法律体系
1)中央政府の法律体系
中国での医薬品を規制する法体系は、法的効力の優越性の順に、法律、行政法規、部門規則、規範性文書の4種類の法律に分類されます。
(i) 法律:医薬品の規制に密接な関係のある法律は「中華人民共和国 医薬品管理法」です。これは、日本の薬事法(医薬品医療機器等法)に該当。
(ii) 行政法規:国務院が制定・公布した医薬品を規制する行政法規は「医薬品の管理法実施条例」等10本あります。日本の薬事法施行令に該当。
(iii) 部門規則:医薬品の規制に関し、現在有効な主要規則は20本余りあり、「医薬品の承認審査に関する管理弁法」、「薬物の非臨床研究の品質管理に関する規範」等が挙げられます。日本の薬事法施行規則に該当。」
(iv) 規範性文書。日本での通知等(局長、課長)に該当。
例えば、医薬品の承認に関し、現在の制度である、製造工場を有する企業に対して医薬品の承認を与える製造承認制度から、今後は、製造工場の所有を要件としない医薬品上市許可保有者制度(所謂、販売承認制度)の導入を図るとしています。従来、関連の法規定が存在しなかった為、まず国務院の弁公庁(内閣官房に該当)が「医薬品の上市許可保有者制度(販売承認制度)試行法案の公表に関する通知」を発表し、次いでCFDAが国務院の当該通知に基づいて「医薬品の上市許可保有者制度(販売承認)試行関係業務の円滑実施に関する通知」を発表しました。このようにして、上部機関による法規制の改正の方向性に関する通知等の公表に基づいて、下部機関が具体的な規制内容を公表するといった手法により行政の執行目的を達成していると言えます。
特に注意が必要なことは、法的効力の優越性の順番でいうと、国務院が制定する「通知」(通達)は行政法規でありますが、CFDAの「医薬品承認管理弁法」は部門規則です。法体系の中で、法的効力の優越性において、行政法規>部門規則>業務文書という順番になります。中国には特有の各種通達がありますが、それが、国務院が発したものであるのか、CFDAによるものなのかによって、夫々、法的効力が違うことに留意する必要があります。
2)中央政府と地方政府
また、中国では、中央に対する地方という意味で、各省及び北京・上海等の直轄地にはいわゆる「地方性法規」と「地方政府規則」という条例が制定されています。例えば、江蘇省が制定し、江蘇省内の企業等に適用される「江蘇省/医薬品監督条例」は地方性法規であり、これは、法律である「医薬品管理法」及び行政法規である「医薬品管理法実施条例」に基づき、江蘇省の地方政府が自ら制定したものです。この様な条例の下に制定されるのが地方政府規則であり、例えば、「浙江省医療機構医薬品・医療器械使用監督管理弁法」等が挙げられます。
3)「意見徴収稿」(パブリック・コメント)
そのほか、様々な「意見徴収稿」(パブリック・コメントを求める草案)が政府によって公表されています。例えば、最近では、CFDAが公布した「医薬品承認申請の滞貨問題を速めて解決する為の政策意見徴収公告」が挙げられます。この公告は、国務院の部門規則の制定手続きに関して定めている「立法法」及び「規則制定手続条例」の定めに従って、公表されています。即ち、意見徴収(パブリックコメントを求める)とは、この「立法法」及び「規則制定手続条例」に定められえいる法律・規則等の制定手続きの1つと言えます。「意見徴収」は政府が企業との間で意思疎通を図るといった目的で公表されるものですが、意見徴収稿によって業界内で習慣的に実務上行われているやり方を立法化するという趣旨で条文化するケースもあります。但し、意見徴収は、あくまでも改正草案ですから、執行できるという意味での法的効力を有していません。
6.2016年「医薬品の承認審査(登録)に関する管理弁法(修正案)」
2016年は、医薬品の承認審査(登録)に関する制度改革の重要な年であると言えます。「化学医薬品の承認分類についての改革業務に関する法案」の正式公布、「化学医薬品の新承認分類の下での申告資料の要求(試行)稿」及び「上市許可人の制度」の公表に続き、国務院による「医薬品・医療機器の承認審査制度改革に関する意見」(国発(2015)44号)等で示された改正の方向性を具現化するために9年間の長きにわたり改正されていなかった「医薬品承認審査(登録)管理弁法」がいよいよ改正の最終段階に入っています。そのような流れの中で、7月25日に「医薬品の承認審査(登録)管理弁法(改正案)」(以下は改正案と略す)が公表されました。
今回の改正案は現行法である2007年「医薬品の承認審査(登録)管理弁法」と比較すると、イノベーション薬に関連して大きな変革方針が明示されており、その主要なポイントは下記の通りです。
1)特許問題
現行の「医薬品の承認審査管理弁法」には、「第三者(先発品)がすでに中国において特許権を取得している医薬品の場合、申請人(ジェネリック)が承認申請を行うことができる期間は、当該医薬品の特許期間満了前 2 年以内とする」旨の規定があります。改正案では、その時間的な制限を撤廃しています。即ち、「第三者(先発品)が既に中国において特許権を取得している医薬品の場合であっても、申請人(ジェネリック)が承認申請を行うことができる。食品薬品監督管理総局(CFDA)は本弁法に照らして審査を行い、要件を満たすものについては、医薬品の承認証を交付する」という内容に修正するとしています。特許問題については、特許法の下での解決に委ね、CFDAの審査の対象から外すということを意味しています。
2)上市許可人制度(販売承認制度)
医薬品の承認制度は、従来の製造工場を主体とした制度から、医薬品の上市許可保有者制度(販売承認制度)に移行します。この上市許可人制度(販売承認制度)は、上市(販売)承認と製造許可を分離して管理する制度設計となっています。この制度の下では、上市(販売)承認と製造許可とはそれぞれ独立して存在し、上市(販売)承認の保有者は、自ら製造することも出来るし、又、他の製造者に委託して製造することもできます。医薬品産業を単純な製造業として捉える従来の考え方から日米欧の考え方に一歩近づき、医薬品の研究開発によるイノベーションを奨励する意味合いが強いとされています。そして、製薬企業の生産設備の低レベルでの重複を抑制することが出来と考えられており、中国の医薬品産業の高レベルでの発展を更に促すことになると期待されています。
3)新薬イノベーション
監測期間(販売独占期間)が付与される新薬について、再定義することにより「臨床的な価値を有する医薬品の創生・イノベーションを奨励する」との法目的を明確にしました。
その新薬を二つの種類に分類して、第70条に「「イノベーション医薬品」は、明確な臨床的な価値を有しているものをいう。「改良型新薬」は、従来の医薬品より明らかに臨床上優れた点を有している物をいう」と規定しています。このようにして、不必要な偽のイノベーションを避けることを目指し、また承認申請の審査滞貨の原因となっている簡易な改良剤や酸・塩基の変更などの薬剤に対する申請を減らすことに繋がるとされています。今回の改正では、臨床的に価値があるか否か及び優れているか否かを基準にして、イノベーション精神溢れる研究開発の意欲を引き出すことに腐心していることが窺えます。
4)ジェネリック薬の基準
ジェネリック薬及びバイオシミラーの審査基準を「先発薬の品質及び治療効果と一致又は類似すること」と明確化しました。中国はジェネリック薬の大国で、歴史的な経緯もあり、従来、参照用製剤の選択について厳格な規定がなかったため、上市されている一部のジェネリック薬の品質・治療効果には多くの問題があるとされていました。今回の新基準により高品質のジェネリック薬が市場に提供されることになると期待されています。
5)優先審査制度
改正案は、臨床上の必要性及び医薬品の特徴に応じて優先審査制度を設置する旨、言及しています。この制度の直接的な意味は、優先審資の対象となる医薬品の創生を奨励すると同時に、そのような医薬品の上市までの期間を短縮し、研究開発コストの回収を加速させることです。中国では、この制度の実施によって、上述の要件を満たす医薬品を早期に上市し、より多くの患者を救い、または患者の生活の質を高めることに繋がると期待されています。
6)臨床試験実施の柔軟性
臨床試験の実施に関して、第30条に規定されていますが、これは、新しい意味合いがあります。臨床試験をⅠ、Ⅱ、Ⅲ期の順に実施することも、また、一部同時並行して実施することが出来るとされ、得られた臨床試験データーに基づいて、より柔軟に臨床試験を展開することも可能となります。
かかる方向性をもって、「医薬品の承認審査(登録)に関する管理弁法」の改正作業が進められており、遠からず、改正案の最終化がされるものと期待されています。
以上
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