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米国、欧州、中国の上市承認の件数と中国の躍進

コロナ禍にあって、2022年上半期はコロナワクチン、コロナ治療薬の開発および上市承認が進展をみましたが、他の疾患領域での上市承認も歩みを止めることはありませんでした。米国、欧州、中国の三極の薬事当局(FDA, EMA, NMPA)がこの期間中に上市承認を付与した新薬の疾患領域別の件数は、癌(肿瘤)がトップ、その次は感染症でした。癌領域では、三極の内、中国(NMPA)の上市承認の件数がトップ(下記グラフの黒色)となっています。下記のとおりです。

なお2022年上半期、新薬に対して世界で最初に上市承認を付与した薬事当局としては、FDAが14剤の新薬を承認しトップ。EMA(欧州)が5剤、NMPA(中国)は、自主研究開発の進展により7剤となっています。承認対象は、低分子化合物以外に抗体、細胞治療等が含まれています。

中国企業の中国での新薬承認リスト(2022年上半期)

NMPA(中国)が世界で最初に承認を付与した新薬は下記のリストの通りです(一部例外あり)。

承認日登録分類等適応症の概略企業名
1/10漢方1.2類肝細胞癌Shenogen (珅诺基)
1/26抗体 1類狂犬病North China Pharma (華北製薬)
3/1組換ワクチンコロナ・ワクチンZhife Biological (智飛生物)
4/13低分子1類逆流性食道炎Luoxin (罗欣薬業) ラクオリア創薬からのライセンス導入品
3/24PD1抗体Henlius (复宏汉霖)
6/29二重特異性抗体 (PD1/CTLA-4)Akeso (康方生物)
6/29AR阻害剤 1類前立腺癌HengRui (恒瑞医薬)

中国企業の新薬承認からみるR&D力

上記のリストの通り、漢方薬、狂犬病薬等は、中国の典型的なdomestic drugに該当します。また、アジアで開発が先行している薬剤も含まれています。ただ、中国企業はグローバル化を視点にR&Dを進めていますので、今後、中国企業の研究開発にかかる新薬が中国のNMPAでなく、FDAで先に上市承認されるケースも出てくると思われます。さて、我々日本企業はそのような新薬プロジェクトを先に掴みに行く(ライセンスを取得する)為のwatch体制を整備していく必要があります。

2022年上半期―中国企業Business Developmentの健闘

中国企業のR&Dが生み出した新薬等の海外企業へのライセンス導出は、2022年上半期に28件の成立をみました。内、20件が新薬・新技術関連、4件がバイオシミラー、4件がジェネリック・改良型医薬でした。

下記がそのリストです。

<2022年上半期ライセンス導出リスト>

中国企業 (ライセンサー)海外企業 (ライセンシー)ライセンス対象品目Upfront (US$)取引総額
Kelun (科倫)MerckADC(TROP2)47M1.4B
Junshi Pharma (君実)Coherus(米)TIGIT抗体35M290M
Harbour (和铂医薬)AstraZeneca二重特異性抗体 (CLDN18.2/CD3)25M350M
LaNova (礼新医药)Turning Point(米)ADC(Claudine 18.2)25M220M
Pregene (普瑞金)CellPoint(欧)  CAR-T(BCMA)21.8M
Adagene (天演薬業)Sanofi抗体/マスキングplatform技術17.5M2.5B
Jemincare (済民可信)Orion鎮痛薬16.3M
Biosion (博奥信生物)Prixis抗体(Siglec-15)10M233M
Genfleet (劲方医薬)Sellas(米)CDK9阻害剤10M150N
Evive Biotech (億一生物)Apogepha(独)Fc融合タンパク0.4M39M
Abbisko (和誉医薬)Lily低分子化合物258M
Innovent/IASO (信達/馴鹿医療)Sana(米)CAR T細胞204M
Multitude (普衆発現)Oncusp(米、上海)ADC (CDH6)
DAC Bio (多禧生物)J&JADC
Harbour (和铂医薬)LegoChem(韓)ADC
Biocytogen (百奥赛图)Merck (独)抗体プラットフォーム
Insilico Medicine (英矽智能)EQRx(米)低分子創薬
Foresee (逸達生物)(台湾)TR-Pharm (トルコ)ALDH2 activator
Etern (奕拓医薬)Rocheタンパク分離技術  
Sunshine Guojian (三生国健)Syncromune(米)PD-1抗体

ライセンシーとして不在の日本

上記のリスト中、中国企業R&Dが生んだライセンスの対象新薬の疾患は、80%が癌領域です。モダリティーとしては、低分子、抗体、ADC、ACR-T細胞治療等、広範囲をカバーしています。

また、ライセンサーの中国企業は、ほとんどが10年以内に設立されたバイテク企業です。

一方で、中国企業から新薬技術の供与を受けるライセンシーとしては、多国籍企業、米国系がほとんど。そこには、日本企業の姿は見えません。日中医薬ビジネスに関わる者としては、忸怩たる思いです。

1.全体情勢

バイテク企業の資金調達を取り巻く環境、山あり谷あり、ですが今は全世界的に我慢の時代に突入しており、アメリカでも多くのバイテクがリストラ・プロジェクトの売却等に走っています。米国のインフレや利上げで米国の投資資本が世界的に引き潮になっており、中国・香港も例外ではなく、米国マネーが逃げております。

中国の未公開のバイテク企業への投資は、まず中国に長らく根を張っている米国系の投資会社が対象の医薬技術・人(トップ)の目利きの役割を果たしてシード投資、その後中国系のマネーがどっと入って来るのが一つの典型例です。そして中国のIPO市場としては、規模が最大で重要な香港市場でもやはり米国系マネーが大きな役割を果たしてきました。ところが昨年の秋以降、米国マネーの潮が引き、さらに中国の国内的な要因も重なり、未公開企業への投資およびIPO市場が冬の時代に入っています。

2.上海・深センでのIPO

そんな中にあって、上海や深圳の株式市場は健闘しており、2022年上半期、投資総額では全世界のトップとNo.2の地位を占めるに至りました。医薬分野ではこの上半期に26社がIPOを果たしました。株式市場別の内訳は下記の通りです。

株式市場IPOを果たした医薬企業の数
創業板(深セン) ChiNext10社
科創板(上海) The Science&Technology Innovation Board9社
香港株式市場5社
上海主板2社

各株式市場でのIPO時の調達額(会社別)は下記のとおりです。以前の香港市場でのIPOと比べても控えめな数字との印象は否めませんが。

1)香港、深セン(創業板)

IPO企業(2022年上半期)調達額(億円)
誠達薬業351
采納136
華康医療217
華蘭ワクチン455
西点薬業91
何氏眼科260
泰恩康235
富士莱221
天益医療102
普蕊斯140

2)上海(科創板)

IPO企業(2022年上半期)調達額(億円)
亜虹医薬505
邁威生物695
賽倫生物179
和元生物240
首薬控股400
仁度生物130
栄昌生物800
海創薬業500
薬康生物225

科創板は今年の6月に三周年を迎えましたが、この間に体制・規律の整備が進むと同時に門戸も広がり、医薬品以外に医療機器の会社も対象となり、香港市場が苦しんでいる中健闘しています。

3. 将来に向けて

バイテク企業の資金調達はグローバルに冬の時代に入っており、中国も例外ではなく、各社とも緊縮のR&D予算を組み始めています。中国企業の海外からの新技術導入(ライセンス)も以前ほどの勢いがないようにも見受けられます。しかしながらどの地域でも同じですが、リセッション局面においては医薬品業界のようなディフェンシブセクターに資金が集まりやすくなっています。中国でも特に優良企業には資金が集まっています。その意味で日本企業が組む相手を選択する場合に、資金調達力という視点での選別も重要になってきます。

IPOの観点からは、アメリカも含めグローバルな投資資金が集まっている香港市場は冬の時代に入っており、2022年上半期は9年ぶりの低水準となりましたが、先行する株価指数は直近2ヶ月は好転ともとれる動きになっています。一方で、中国の国内の投資資金で回っている上海・深センのIPO市場は、厳しい環境の下でもグローバルのトップに躍り出るくらいの健闘ぶりです。

中国での資金調達という面では、諸々の情勢から年内の回復は難しいかもしれませんが、少なくとも他の業界や他のエリアと比べると中国本土の市場では資金の集まりやすい状態が続くようです。

中国の経済規模(GDP)は10年前に日本を追い越し、その後米国を追いかけ、昨年は米国の75%にまで迫りました。一方で一人当たりのGDPは日本の数分の一。平均レベルは低い一方で、日本のリッチな方々の上を行く富裕層も中国には分厚く存在するのもまた事実です。

中国の新薬R&Dも全体の経済規模の膨張を体現しているような様相を呈してきました。

2015年に始まった中国の医薬品産業に関する行政・政策(薬事、知財、一般法等)の大きな舵切りによって、その後、中国の新薬R&Dは想定外の飛躍をみています。公表されているNMPA(薬事当局)の年報をベースに過去からの変化を辿ってみたいと思います。

1.INDの申請数

中国での新薬のIND申請数は、10年前は30件だったのが、2021年は640件に上りました。

下記の通り、2015年の政策転換を契機にIND申請数は2017年に大幅増、そしてここ3年の急増につながっています。また、新薬は海外からの輸入というのが過去の相場だったのが、近年は中国での国内製造が主流となってきており全体の76%を占めています。

2.モダリティー

過去10年一貫して低分子医薬が50%以上を占めていますが、趨勢としては減少傾向にあります。次いで、抗体医薬が大きな割合を占めています。そして、ぺプチド医薬、細胞治療、遺伝子治療、核酸医薬の各分野でもグローバルの前列に向けてひた走っている感があります。

3.開発段階

INDの件数上、Ph Iが全体の50%を占めています。他方、Ph IIIの比率が年々増加しており、2021年は30%近くに上っています。

4.癌の臨床プロジェクト

下記の右の表のとおり、癌のpivotal 臨床試験数は、2018年に中国企業の試験数が米国のそれを抜きました。PD1/PDL1のプロジェクトの進展を踏まえた結果です。

<注>美国:米国のこと

5.NDA数

NDA申請・承認の件数とも下記の通り増えています。

特に中国企業の件数が増えており、2021年にはNDA申請の総数83件の内、中国企業が51件、外資の輸入薬が31件となっています。

6.現状認識

数字上は、通信・IT等の技術分野と同様に中国企業の新薬分野のR&D膨張も近年、著しいものがあります。ただし、リスクの低いdrug targetで、me-too的なアプローチがまだまだ多くを占めています。沢山の中国プロジェクトの内、比率は小さいですが、革新レベルの高いものも含まれているとされています。上記の通り、中国企業のプロジェクトでPh IIIに入るものも増えてきています。その意味で、日本企業が新薬を導入するという視点から、中国企業のプロジェクトの開発動向をウオッチしていく必要性が高まって来ています。現状では、中国発の新薬に対して欧米系企業が網を広く・深く張っており、日本企業のアクセスの余地はあまり広くないのかもしれません。これは、日本人が欧米を中心に興味が惹かれているという「興味の方向性」に起因する思われます。

日本の医薬品企業は営業・R&D部門も含め、近年、規模の縮小に走っている感があります。

一方で中国の企業は、新薬の研究開発、ビジネス化に向けて規模の拡大に走っています。

中国のCRO業界の雄である薬明康徳 (Wuxi) は、昨年一年間だけで従業員数が8500人増加しました(2022年JP Morganでの発表)。従業員総数は3万5千人となり、そのうち研究開発要員は80%を占めており2万9千人です。コロナにより一昨年来、日本の医薬品企業を含めグローバルに各社の研究所が閉鎖に追い込まれた時期がありました。各社は、自社研究所の代替としてCROに研究を外注する方向に動き、中国のCROはどこも活況に沸きました。薬明康徳の従業員数の激増は、そのようなグローバルの動きを端的に反映していると思われます。

さらには、新薬の癌ベンチャーの雄である百済神州(Beigene),低分子・抗体新薬を広くカバーしている信達生物(Innovent)、臨床段階の新薬を他社からライセンス・インの上、事業化というビジネス・モデルを取っている再鼎医薬(Zai Lab)、これら3社の直近の研究開発及び営業の要員数、下記の通りとなっています。

 研究開発の要員数営業の要員数
百済神州(Beigene)3,700人 (内、海外:800人)3,400人 (内,海外200人)
信達生物(Innovent)1,500人 (内、海外:150人)3,000人
再鼎医薬(Zai Lab)770人940人

薬明康徳こそ創業20年が経過していますが、上記の3社はベンチャーとして創業し、未だ10年に満たないにもかかわらずこれだけの要員を抱えています、しかも営業部隊までも擁するに至っています。日本のベンチャーは、研究開発を行い事業化は既存の医薬品企業に委ねるというのが相場です。これに対して中国のベンチャーは、自社で研究・創出した新薬について、その後の開発、製造・販売は、少なくとも中国国内は自社展開といった会社が多数存在しています。それが短期間での企業規模の拡大に繋がっています。