Tag Archive for: 経済特区

前回の「国家戦略地域として新たな発展を遂げる海南省」では、 国家戦略地域に指定された海南省において、中国本土では実施されていない多くの優遇政策が実施されていることを取り上げました。

海南省において経済成長の柱は、医療、旅行・バケーションとして、低炭素/生態系保存の社会体系を構築し、国際的な機関が集結する地域を目指すとしています。

「医療」の目玉の一つが、新薬・医療機器の承認・市販後調査に関し、海南島を起点として中国全土に展開する、RWD(Real World Data:リアルワールドデータ)のプラットフォームを構築するというものです。

RWD(Real World Data)ですが、プロトコールで制御された臨床試験により得られるデータに限定されず、医療の現場で実際に医薬品・医療機器が患者に使われた際に生まれるデータを意味します。そういったデータを新薬等の承認審査に利用していこうという構想です。 

中国では元々、漢方薬の世界でこのような考え方が導入されました。米国では、オバマ時代の2016年に21世紀治療法案(21st Century Cures Act)が公表され、その中で、このRWDを利用して、まず、新薬等の市販後調査、上市済みの薬剤の適応拡大等の承認申請への適用、その上で、新薬等の承認のスピード加速化に繋げて行くという方向性が打ち出されました。この流れを受けて、中国では2018年に「RWS (Real World Study) ガイドライン(真实世界研究指南)」、次いで、2020年には「RWDにより医薬品の研究開発・承認審査を促進するガイドライン(真实世界证据支持药物研发与审评的指导原则)」、さらに2021年4月に「根拠として用いられるRWDのガイドライン(用于产生真实世界证据的真实世界数据指导原则(试行))」が公表されています。

そして2020年に海南省においてRWDの導入が開始し成果も出始めています。例えば、RET阻害薬のGavreto™ (pralsetinib) は、2020年9月4日米国FDAによって承認されましたが、これが海南島においてリアルワールドデータの対象として使用承認(1.5日間で承認されたとのこと)され、米国外では第一例目として9月29日に海南島で処方されました。そしてRWDの枠組みで引き続きデータが取得され、2020年3月にはNMPA(中国のFDA)から上市の承認が下りています。これはRWDを利用した上市承認の中国第一号となります。(ニュースリリースはこちら

一般に、海外でPh IIIが終わっている又は承認されている医薬品・医療機器については、海南省・RWDを利用して承認申請すれば、従来の臨床試験ルートの半分の期間、1/4のコストで上市申請に繋げることができると言われています。

尚、RWDの枠組みは、前記の新適応症、新製剤、児童薬、オーファンドラッグ等の臨床開発への利用に加え、医療保険・付保との連携等、将来的に大きな展開が見込まれています。

日本では、高度成長時代ならまだしも、今、「国家戦略」という言葉を聞くと少し、白けた雰囲気が漂ってしまうかもしれません。 一方、戦略の欠如が社会の停滞感を引き起こしているようにも思います。日本では、個人が戦略を練って生活、仕事をしていく(そうすることができる)、一歩進んだ時代に入っているのかもしれません。

中国は、まだまだ若い社会、国家戦略によって社会が期待されるべき方向に動いて行き、それが人々の大きな活力に繋がっているように感じます。対外的にインパクトのある中国の国家戦略はシルクロード計画(一带一路)です。他方、対内的に重要なのは、重点地域をピックアップして重点的に投資して波及効果を狙うというもので、具体的には、「北京・天津・新首都」、「揚子江流域(上海~上流の成都・重慶)」、「揚子江の下流域(上海、南京、蘇州、杭州等)」、「広州・深圳・香港・マカオ」の4地域内での一体化を進めて経済発展を促すというものです。そして、近年、これに「海南島」が加わりました。海南島は、中国の最南端にある中国最大の島で、面積は台湾とほぼ同じ、そして、政治的に注目を浴びている南海に向かって浮かんでいます。従来の印象としては、新婚旅行で行く美しい海岸、それと、欧州のダボス会議に対抗してボアオアジア会議が開催される所、くらいの印象でした。ところが、2020年に「海南島」が国家戦略地域に指定され、自由貿易地区を展開すると宣言されてから、俄然、経済的にも注目される地域となってきました。

例えば、国内で唯一の免税地域として、本土から来る人は約150万円まで免税で買い物ができるようになりました。また関税をゼロにし、法人税や所得税も優遇することで外資企業を誘致し、ビザなし渡航も広げます。カジノや競馬も海南島においてのみ解禁されます。(香港やマカオの実質的な価値を下げ、海南島に代替させる思惑があるとも言われています。)さらに博鳌乐城(ボアオ ホープシティ)という医療ツーリズムの中心も建設します。

そして、我々の医薬バイオ分野でも、この国家戦略地域の「海南島」で大きな動きがあります。それは、RWD(Real World Data)関連の政策推進です。(明日の記事「海南省でRWD開始、 海外上市済薬剤の承認申請が加速」に続きます。