2016年に南京市の薬谷(medicine valley)に創薬ベンチャーであるTransThera Biosciences(南京药捷安康生物科技有限公司)が誕生した。創業者であるFrank Wu(吴永谦)は米国でPh. Dを取得した後に世界的製薬企業であるBoehringer Ingelheimで医薬化学者(Medicinal Chemist)として研鑽を積んで中国に戻った典型的な海亀族(returnee)である。中国は言うに及ばず低分子医薬品の創製を事業とするベンチャー企業は日本でも決して多くない。医薬品R&Dプロセスの中で最も難しい部分で、成功率が低くリスクが高いことが理由の一つであろう。
創立以来5年を経て主要な開発パイプラインの一つにマルチキナーゼ阻害薬TT-00420があり、トリプルネガティブ乳癌と胆管癌を適応症に米国でPh2臨床試験の段階にある。つい最近(2021年3月26日)Business WireがGlobal Aurora-A Kinase Inhibitors Pipeline Insight Report 2021を発表したが、その中で世界的な大手企業であるEli Lillyや武田薬品と並んでTT- 00420がピックアップされている。また非アルコール性肝炎(NASH)治療薬TT-01025 は、韓国のグローバル企業であるLG化学に導出し、他方、LG化学からは免疫調整薬LC510255の中国での開発権を得て協力関係を構築した。日本とのかかわりにおいては帝人ファーマと提携して共同で新規低分子医薬品を研究・開発するプロジェクトを立ち上げ、共同でのグローバル展開への一歩をしるしている。今や低分子医薬品のターゲットは癌と炎症・免疫系が世界的潮流となっており、TransTheraはこの分野で独自の低分子化合物をラインアップしている。海亀族に代表される人材の豊富さと桁違いに大きな資金力は世界的にも類を見ず、近い将来に中国が世界の創薬エンジンになる前触れとも捉えることができる。創薬技術に長い経験と実績を持つ日本、そして豊富な人材と世界を牽引する経済力を誇る中国との組み合わせが今後の世界の医薬品産業にインパクトを与えることは容易に想像できる。
日本企業がそういった中国企業の特徴を生かしてグローバル展開に向けて研究面、臨床開発面、マーケティング面で連携関係を構築していく日が、今来ているとも言える。