ジェネリック医薬品の承認申請の審査中に発生した特許侵害紛争の早期解決システム【中国のパテントリンケージ制度①】

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最終更新日: 2021/05/23

中国が導入を予定しているpatent linkage制度をシリーズで説明します。第一回目は、背景、全体像の流れについて。

新薬特許とジェネリック参入 / パテントリンケージ制度の必要性

中国のサイエンス技術面での躍進は目を見張るものがあります。火星探索を可能にした宇宙技術、米国から圧力を受けるまでになっているHuawei等の技術力。中国では国家戦略として新技術開発を推進しており、火星・Huaweiに関連する「宇宙開発」、「AI/IT通信」を含む8つの重点領域が柱となっています。そして、「バイオ・新薬」の領域もその内の一つです。ところが、「バイオ・新薬」に関連して、中国の医薬品ビジネスでは過去にはジェネリックが圧倒的な市場支配力を持っていました。「バイオ・新薬」の新技術は海外で発展し、欧米の多国籍の医薬品企業(MNC)が中国で新薬市場を開拓してきた歴史があります。

MNCは自社で開発した新薬について中国で臨床試験を実施し、承認申請、中国の薬事当局(NMPA)の審査を経て、販売承認が付与され、そして上市へ。その後、時が経って当該新薬の特許が満了すれば、ジェネリック薬が場合によっては数十のジェネリックが一度に市場に参入していました。ただ、新薬をカバーする特許といっても様々な特許がありえて、物質特許に留まらず、用途、製剤、製法等々、そしてそれらが時の経過とともに五月雨式に満了して行きます。従来、中国の薬事法上は、先に承認を受けて市場に出ている先発新薬の特許満了後、ジェネリック薬に対して承認を付与するとのルールが存在していました。しかしながら、先発新薬の特許と言っても前記の通り、様々な類型の特許があり五月雨式に満了して行く、更には特許庁が誤って付与した特許(無効原因を含む特許)等もあります。そのような特許の満了が近づいてくると、申請されたジェネリック薬に対して上市の承認を付与するのか否か、そして、承認するとした場合にもいつ承認するのか、この点に対して、NMPAに様々な圧力がかかっていたのは想像に難くありません。MNCにとってはジェネリックが一旦出現すると新薬の利益に大きな影響を受けますし、ジェネリック企業は、新薬に対していち早く上市することができれば、大きな利益を手にすることができます。特にそれがブロックバスター新薬であれば、ジェネリック薬への承認の付与に対して、大きな注目が集まります、様々な類型の「特許」の満了日との関係においてもそうです。

中国でのパテントリンケージ制度の導入

そういった背景の下、先発の新薬をカバーする特許(一般に当該新薬を開発した企業が所有する特許:新薬特許)の満了後、NMPAはジェネリック薬に承認を与えるという原則の下、NMPAの審査・判断により透明性を持たせ、さらには「新薬特許」の特許権者、ジェネリック薬の申請者等の間で「新薬特許」の有効性、侵害・非侵害について争いのある場合に、どのようなルールの下で係争を処理するかについての制度設計が進んでいます。ジェネリックが承認され市場に出てくるまでに特許の侵害・非侵害の問題を早期に解決しようという趣旨です。侵害する(ジェネリック薬が新薬特許の権利範囲に含まれる)と判断された場合には承認がおりず、したがってジェネリック品は上市しないことになります。日本にはこのような明確な制度はないと言えますが、米国ではPatent Linkage制度の下でANDA訴訟により処理されています。

パテントリンケージ制度導入の経緯

「特許情報プラットフォーム」を利用した試行

中国で新薬の開発が終わり、NMPAに承認申請をする際、新薬の開発を行った企業(新薬企業)が当該新薬をカバーする特許(新薬特許)を特許情報プラットフォームに入力し、その特許情報が公衆に公開されます。そして、ジェネリック企業は「新薬特許」の満了日を睨みながらジェネリック薬の開発を進めることになります。しかしながら、ジェネリック企業は「新薬特許」の満了に先立って、「新薬特許」は無効であるとか、ジェネリック薬は新薬特許を侵害しないと主張(声明)し、NMPAに対してジェネリック薬を承認申請することが可能です。この「声明」も同時に「特許情報プラットフォーム」に掲載されます。

中国の国内情勢

patent linkage制度は、MNC等の欧米企業の圧力が契機となって、中国で制度設計が進められ、そして「米中貿易協議」において導入がコミットされました。他方中国では、「バイオ・新薬」領域の科学技術を重点領域として推進する政策の下、新薬の研究開発が大きな進歩を遂げてきています。従来は海外のMNC等が新薬を開発し、NMPAに新薬申請して上市するというのが全てであったのが、最近はそこに中国内資が自主技術で研究開発した新薬がNMPAに新薬申請され、上市という事例が増えてきました。このような情勢の下、新薬の知的財産保護については外資のMNCの利益だけでなく、研究開発を実施している中国内資の利益を守るという強い必要性も生まれてきています。このように米国からの外圧、更には中国国内の新薬の研究開発の趨勢等を背景に、今、制度が立ち上がろうとしています。

なお、patent linkage制度の具体的詳細は、上記の「医薬品の特許紛争の早期解決(Patent Linkage)システムの実施規則」(最終版)等の関連規則が最終化され次第、速報いたします。

Author Profile

川本 敬二
弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)

藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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