医薬品特許期間の延長制度について全人代・両会で議論される
中国では3月11日、全人代(中国の立法府/全国人民代表大会)が閉幕、その後例年通り首相の李克強が国内外のメディアに対する記者会見を長時間にわたって行いました。中国の安定的な経済発展の実現に向けた強い覚悟を感じさせる鬼気迫る会見でした。ウクライナ情勢の話題も出ましたが、多くは経済・民生問題に時間が割かれました。経済問題はGDP5.5%増の目標値の説明から始まり、雇用・就業問題、イノベーション推進と多岐にわたりましたが、随所に「大会での経済界との協議・要望を踏まえて~、」との言葉がありました。
その大会では各分野のリーダーが発言・具申をしましたが、新薬知財分野では新薬企業の雄である恒瑞医薬の孫社長が「特許期間の延長制度」について物申しました。孫氏は産業界・政界で新薬開発・知財制度の改革等に関して幅広く発言・発信をしている名物社長です。
さてその発言の趣旨ですが、昨年来から導入がすすんでいる特許期間の延長制度に関して、特許権者に付与される権利の範囲を拡大すべしという内容でした。公表されている細則案では、中国特許の期間延長は米国同様に対象特許については一回しか延長されないこと、さらには、いわゆる「輸入医薬品」は特許の期間延長の対象外となっていることを問題視しています。
特許期間延長の制度導入の経緯
(参照:6月に施行された特許延長制度、施行されなかったいくつかの細則)
中国の特許期間延長制度の導入に関し、第4次の特許法改正以降は下記の経過をたどり、延長制度の細部設計が進行中です。
1 | 改正特許法 2020年10月公布 (2021年6月実施) | ・新薬特許延長の原則を規定。 ・最大5年延長、ただし、上市後14年を超過しない。 |
2 | 特許法実施細則の改正案 2020年12月公表 ⇒パブリックコメント | ・延長対象の医薬品:化学医薬品、バイオ医薬品、漢方薬 ・延長対象の特許:物質・製法・用途の特許 ・延長期間の計算式: (承認・上市年月日)-(特許出願年月日)-5年 ・延長された特許の効力の及ぶ範囲:上市承認の対象となった新薬 ・その適応症に限定 ・延長対象の特許はいまだ特許延長されていない(特許の延長は一回のみ) |
3 | 特許審査ガイドライン改正案 2021年8月公表 ⇒パブリックコメント | 上記の特許法実施細則を踏まえ、さらに詳細な延長条件・手続き規定を加える。 ・延長対象の医薬品:化学医薬品、バイオ医薬品、漢方薬の内、薬事法に規定する創新薬(医薬品登録分類:1類)および下記の改良型新薬 ① 化学医薬2.1類(既知活性成分のエステル・塩) ② 化学医薬2.4類(既知活性成分の新規適応症) ③ 予防バイオ医薬2.2類の内、ウイルス改変ワクチン ④ 治療バイオ医薬2.2類の内、新規適応症 ⑤ 漢方2.3類(効能追加) |
中国の業界(孫社長)の意見・具申
現在、中国が検討中の特許延長の対象医薬品・条件の詳細については、上記の通り、特許法実施細則(改正案)、特許審査ガイドライン(改正案)に示されています。新薬の研究開発型企業が問題にしているのは、主に下記の2点です。
特許は一回しか延長されないこと
例えば、新薬の「物質特許」については、最初に承認された適応症について一回延長されたらそれで終わりです。その後、適応症の追加がされたとしても、当該物質特許については再度の期間延長はされません。なお、追加された適応症に対応する「用途特許」が物質特許と別にあれば、当該用途特許については期間延長が可能です。
最初に承認対象となる適応症と、その後追加で承認をとる適応症は関連する場合が多いので、そもそも物質特許とは別に用途特許を成立させることが困難な場合があります、特に物質特許出願の公開後に用途特許を新たに出願した場合はなおさらです。そのような場合、追加の適応症の保護期間は物質特許の延長されていない当初の特許期間しか独占保護を受けることができなくなってしまいます。特に抗癌剤等、癌種の適応症追加によって、結果として長い開発期間を要します。そのような場合、全体の適応症の開発が終わる頃には特許の残存期間が短くなってしまい、特に不合理な状況を招くことになります。したがって追加の適応症についても、物質特許の期間延長が認められるべきと具申しています。
海外で承認・上市済の新薬を事後に中国で開発したような場合、対応する特許は期間延長の対象にならないこと
海外で承認・上市された新薬に関し、例えば中国企業が導入(ライセンスIN)して臨床開発を行い、中国で上市の承認を取得した場合、当該医薬品は医薬品登録分類上は5類(所謂、輸入薬)に分類されます。上記で示した通り、特許の延長が可能な医薬品は、創新薬(医薬品登録分類:1類)及び改良型新薬(2.1類、2.4類等)であって、5類に分類される医薬品は対象外です。そもそも海外で上市後に中国で臨床開発に取り掛かるような医薬品は、中国で発売時には特許の満了も真近にひかえていることが多く、特許の期間延長の対象にならないとすれば、発売後すぐに特許フリーとなりジェネリックが出現してしまうことになりえます。
このような医薬品を中国で開発するインセンティブがなく、中国の患者が当該医薬品にアクセスできないことになり不合理です。 したがって、中国で臨床試験が行われた5類(所謂、輸入薬)についても特許の期間延長を認めるべきと具申しています。
日本企業が考えるべきポイント
輸入医薬品(海外で上市後に中国で臨床開発を開始する新薬)について特許期間の延長が得られないとなれば、日本企業への影響は大きいものとなります。欧米企業に比べて日本企業の中国での開発時期の立ち上げは遅いと言われています。日本企業が従来方式に従ってまずは欧米で開発を終わらせ、その後に中国開発に取り掛かる、といった対応では、そのような新薬は5類の扱いを受けてしまいます。中国の現行案では、そのような新薬は特許の期間延長はされないことなり、上市後のジェネリックへの防衛が難しくなってきます。今後制度化されるであろうデータ保護の制度と合わせて、日本企業の立場として物申していく必要性が強いのではと感じています。
Author Profile
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弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)
藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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