今度こそ、動き出す「データ保護」
トランプ政権(第二次)の胎動による政策転換が世界、日本の政治経済にどのような影響を与えるのか喧しい。更には、米中の経済摩擦の動向が日本に与える影響が気になるところである。さて、そのような情勢下、我々の眼中にあるのは、中国の新薬の知財保護がどのような影響を受けるかである。
1.トランプ政権(第一次)時代の米中の経済・貿易協議と「データ保護」:
第一次トランプ政権(2017年~2021年)時代の米中摩擦を振り返ってみよう。米中間の貿易不均衡(米国の対中貿易赤字)に不満を募らせたトランプが2018年に、中国産の鉄鋼に関税をかけると発言、これに端を発して、他分野の製品に対して米中が相互に関税をかける事態に発展した。その後、貿易不均衡に留まらず、中国政府が企業に産業補助金を支給していることによる中国企業の急成長、米国の知的財産の盗用による中国企業の先端技術獲得、中国のハイテク産業の育成政策「中国製造2025」の内容等を問題視して、米国は様々な政策転換を中国に要求した。両者の協議を踏まえて、第一弾の合意として、2020年1月に「米中経済・貿易協議書」(「米中協議書」)がトランプ大統領と劉鶴・中国副首相によってホワイトハウスで署名された。この「米中協議書」は、知的財産、農産物輸出、金融サービス問題が柱となっていた。その第一章「知的財産」に関する取り決めの中に、医薬品の知財保護が具体的に言及されていた。この医薬品の知財保護については、下記の3つのポイントがあった。
- 特許期間の延長 <参照:https://www.kawamotobbp.jp/articles/2375>
- Patent linkage <参照:https://www.kawamotobbp.jp/articles/1615>
- データ保護 <参照:https://www.kawamotobbp.jp/articles/1904>
これらのうちで、第1の「特許期間の延長」と第2の「Patent Linkage」は中国で、夫々、法制度化され、曲がりなりにも具体的に運用されている。しかしながら、「データ保護」については、未だ、法制度化されていなかった。「データ保護」とは、先発医薬品企業が自らの投資によって積み上げた医薬品に関するデータであり、上市承認を目的として薬事当局に提出したデータ(非臨床、臨床データを含む)に対して薬事当局が保護するというものである。ジェネリックが薬事当局に上市の承認申請する際には、自ら多額の投資をしてデータを作成の上、申請するのではなく、先発医薬品が提出して承認対象となったデータを引用する形で、ジェネリック申請をして、それに対してジェネリックの上市承認が付与される。従って、先発医薬品に対して一定期間「データ保護」がされた場合、その間、ジェネリックは申請できないことになる。このように先発医薬品の特許の有無(有効無効を含む)に拘わらず、ジェネリックが出現しないことから、先発医薬品の知財保護としては、非常に強力なものである。特許関係の制度はイノベーション推進色の強い特許庁が主管部門であるのに対し、データ保護は、新薬承認とジェネリック申請がぶつかり合い従って両者の利害関係の調整が必要な薬事当局が主管部門であることから、「データ保護」の制度導入が遅れていた。特に中国では、中国企業の新薬承認は何れも新しく、特許の存続期間が長いので、データ保護の緊急性はなく、長期的にはイノベーション推進の意味はあるにしろ、寧ろ、当面は外資に利益をもたらすという側面もある。
2.三中全会後、トランプ(第二次)前夜の中国、「データ保護」法制度化の動き:
中国では、共産党主導で政策が決定される。5年毎の党大会(直近は、2022年に始まった第20期)で指導部を刷新し、その後に開かれる三中全会(中央委員会第三回全体会議)で、中長期的な政策が決定される。2024年7月の第20期三中全会で「全面的な改革及び中国式現代化の推進に関する決定」(「改革決定」)が承認され、その中には、技術革新の推進、医薬品・医療機器のイノベーション推進等の施策の実行方針も含まれていた。
「データ保護」について中国で急転直下、大きな動きがあったのは、トランプの大統領再選が決まった、2024年11月以降であった。新薬知財の対米協議の専門家も含めて関係者が招集され、北京で数回にわたり内部会議が開催された。そして、2025年1月に、上記の共産党の「改革決定」の下、政府にあたる国務院が重要な政策方針を下記の通り公表し、その中で、医薬品の「データ保護」を具体的に制度導入・運用することが明記された(「意見」の2-(4))。
「医薬・医療機器の監督管理改革と医薬産業の高度な発展に関する意見」(「意見」)<国务院办公厅关于全面深化药品医疗器械监管改革促进医药产业高质量发展的意见 国办发〔2024〕53号>https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/202501/content_6996117.htm
3.「データ保護」の内容と今後:
上記の国務院の「意見」の2-(4)では、医薬品の上市承認の申請人が自ら作成・取得の上、薬事当局に提出したデータの内、未公開のデータについては、分類別にデータ保護期間を設定するとしている。従って、特許期間の延長制度でとったように新薬の分類別に一定の保護期間が付与されることが想定される。即ち、新薬の承認後、分類別に、一定期間ジェネリックの承認がされないこととなる。<注 分類別:特許期間延長を参照:https://www.kawamotobbp.jp/articles/2375> 尚、オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)、小児用薬、最初に承認されたジェネリック薬に対しても、夫々、一定の市場独占期間を付与するとしている。
現在、中国の薬事当局は、「医薬品管理法実施条例」(「条例」)の改正作業を行っており、数か月内に公表される見込み。米中は私企業間も含めて経済面で緊密な関係にあることから、トランプと中国間に予期せぬ事態が起こらない限り、「医薬品管理法実施条例」の中に「データ保護」に関する詳細な規定が盛り込まれ、運用が開始されると予測される。その内容については、「条例」が公表され次第、報告予定。
以上
Author Profile
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弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)
藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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