中国特許法の第四次改正(前半)
日本ではこの7月に特許法の改正が公布されました。
会社の研究所等でその研究者によってなされた発明(職務発明)の権利帰属について、従来は「発明者である研究者に帰属する」としていたのを、改正法の下では、原則、直接「会社に帰属させる」ことになりました。目的は、イノベーションを推進する為とされています。
会社人にとりましては、当たり前の結果になったとも言えますが(私は会社時代が長かったので、強い遺伝子の刻印があります)、他方、新発明の創出にあたって、強烈な個による牽引が求められるような場合には、組織が個に大きく覆いかぶさる結果となる今回の改正は、様々な組織形態からなる日本全体のイノベーションの創出にどのような影響を与えるのか、我々が選択した方向性ですが、疑問を持たれる方もいらっしゃるかも知れません。
さて、一方中国ですが、今、第4次の特許法の改正に向けて議論が盛んです。
1. 特許法の改正:
前回の第3次の改正は、2009年になされました。その改正では、中国の特許の質、ひいては、発明の質を高めるべく、特許付与の為の要件のバーを引き上げました(新規性の要件を国際レベルにまで引き上げる)。加えて、中国の特殊性を主張するような改正、例えば、中国国内の遺伝資源を使った発明について中国の利権を主張する為の条項も盛り込まれました。
それから6年が経過し、この間、特許の出願数では世界一に躍り出たように、中国の企業・研究機関の発明の創出に向けた投資熱が高まりましたが、他方、新たに生まれた発明について、それを事業化にまで持って行く為には、更に、強力な後押しが必要な情勢です。既に中国で武器となる特許権を有し、中国国内で積極投資の上、事業活動をしている外資系の企業は、権利者として、特許権でカバーされた製品の市場での独占権を確実にするために、特許権を更に強化し、その適正な保護がなされること主張しています。
特許侵害訴訟の局面では、中国の内資同志の係争も増えておりますが、制度上の不備も指摘されています。中国で自主イノベーションの能力がある一定の水準に達しつつある今、イノベーションを軸に経済構造の展開を図らなければならない中国にとって、イノベーションを更に推進する為に特許制度の見直しが必須の情勢であるという社会的な背景があります。
2. 日本企業から見た中国特許法改正(オープン・イノベーションに関連する範囲で)
日本企業が中国企業とライセンス契約及び共同研究契約等に基づく提携関係に入る際には、日本側から様々な懸念点が挙げられます。
ライセンス形態による提携の場合、日本企業が中国で有する特許権がその商品の中国市場に於ける独占権を確保するに際して、侵害者に対し、どれだけ抑止力を有しているのか。これは、中国では知財の保護が十分でないといった印象が本質にあります。
共同研究による連携の場合でも、そもそも中国の企業の研究開発力は連携するにたるレベルにあるのか。そして、共同研究から生まれてくる発明の保護が日米欧では問題ないとしても、中国においてキッチリと権利化されるのか、権利化されたとして、前者の問題点同様、特許権の保護は十分に保障されるのか。そういった懸念点が挙げられています。
中国では、低コストでの製造からイノベーションを駆動とする経済構造への転換の必要性と同時に叫ばれているのが、人治から「法治社会」への転換です。特に、現政権がスタートしてから事あるごとに法治社会の構築の必要性が強調されています。
一度締結した契約を、中国企業が日本企業同様に、キッチリと履行するのであろうか?
万一、履行されない場合には、適正な解決を図れる仕組みが存在するのか?
更には、中国で付与された特許権は、適正な範囲で保護される(侵害者に対し、抑止力として働く)のか、即ち、特許侵害が発生した場合、特許侵害者を排除できる仕組みが適正に働くのであろうか?
そういった日本企業が抱く懸念点の払拭を目指すことにも繋がるのが、この「法治社会」への転換です。
上記の様な懸念点に関連して、今回の特許法の改正は、中国の研究開発レベルを上げること、特許権の質の向上、特許の保護レベルを上げること等について、制度改善が試みられています。
2-1) 特許の保護レベルの引き上げ
中国の特許侵害訴訟の局面において、特許権者にとっては、訴訟に時間とコストがかかるだけでなく、侵害・損害の立証に多大なる重荷が背負わされているにも拘らず、認定される賠償額が低いこと等、問題点が指摘されてきました。その結果として、特許の侵害行為が絶えないといった社会を形成してきたとも言えます。
今回の改正では、下記の制度を取ることにより、特許の保護レベルの引き上げを図るとしています。
① 損害額の立証の負担軽減:
特許権者が侵害者による侵害品の販売等の特許侵害の行為によって被った損害については、裁判で損害賠償を請求することになりますが、侵害品の販売高等の数字の立証が困難なために、損害額の認定が低く抑えられてしまう傾向にあります。そこで、特許侵害訴訟に於ける被告である侵害者に対し、裁判所がその帳簿・関連資料の提出を求めることが出来るようにするとしています。
② 懲罰的な賠償金額の認定:
モグラたたきという表現で説明されますが、例えば、一旦、終息したかに見えた侵害行為が、関連会社によって再開される等、繰り返し侵害行為が再開されるケースがあります。
そのような場合、故意侵害として、裁判で損害額として認定された額の2〜3倍の額を懲罰的な意味で、裁判所は侵害者に支払い命令することが出来るとしています。
③ 行政機関による救済システムの強化:
特許侵害の救済システムとして、日本では、裁判所に侵害行為の差止と損害賠償の請求をすることができますが、中国では、そのような裁判所への訴えに加えて、中国特有の制度として、行政機関に対し、同様の申し出をすることが出来ます。
行政機関は、企業等の事業に関する許認可権を含め、企業に対して日本の行政に比べ絶大な権力を握っていますが、特許権者がその行政機関に対し、第三者の特許侵害の際に救済を求めることが出来る制度です。今回の改正では、その行政機関に対し、更に強力な権限を与えるとしています。
行政機関が審理の上、特許侵害行為の差止(中止)の決定をした場合、従来、侵害者は一旦侵害行為を停止した場合であっても、ほとぼりがさめると侵害行為を再開するといったこともありました。それを封じるために、差止の決定に際して行政機関に対し、侵害品の製造の設備、原材料・工具等を没収する、更には罰金の支払い等の行政処罰を課す権限を与えるとしています。
従来、行政機関に対して特許権者が損害賠償の請求をする場合、行政機関は裁判所のように判決によって損害賠償の支払いを命令する権限はなく、特許権者と侵害者の間で損害賠償の支払いの話し合いの調停をする権限しか与えられていませんでした。従って、侵害者が調停で合意した損害額を支払わないような場合、特許権者は再度裁判所に訴えることが必要となっていました。このように調停の内容の拘束力が弱いといった問題点がありました。今回更にそれを改善すべく、損害賠償額についての行政の調停による決定について、裁判所で確認し、強制執行を可能とすることとしています。
④ インターネット販売業者の侵害責任の明確化:
中国では、日本の楽天等のようなインターネットによる販売システムが急速に広がっており、大都市では日本よりも普及度が高くなりつつあります。侵害品がインターネット販売のチャンネルで流通した場合、従来は、「侵害責任法」の下で救済が図られていましたが、侵害品の排除が十分ではないとされていました。特許法の改正により、そのようなインターネットの販売業者に対し、侵害品の製造業者と同様に侵害者として明確な責任を負わせることとしています。
<中国特許法の第四次改正(後半)-特許権の強化 vs 特許権の濫用>に続く
Author Profile
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弁理士 (川本バイオビジネス弁理士事務所(日本)所長、大邦律師事務所(上海)高級顧問)
藤沢薬品(現アステラス製薬)で知財の権利化・侵害問題処理、国際ビジネス法務分野で25年間(この間、3年の米国駐在)勤務。2005年に独立し、川本バイオビジネス弁理士事務所を開設(東京)。バイオベンチャーの知財政策の立案、ビジネス交渉代理(ビジネススキームの構築、契約条件交渉、契約書等の起案を含む)を主業務。また3社の社外役員として経営にも参画。2012年より、上海大邦律師事務所の高級顧問。現在、日中間のライフサイエンス分野でのビジネスの構築・交渉代理を専門。仕事・生活のベースは中国が主体、日本には年間2-3か月滞在。
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[…] 昨年 2015 年 4 月に中国特許庁より公表され、パブリックコメントを募った改正法案に基づき、その改正の方向性について、日中の視点/知的財産法のNo.16(2015 年 9 月)にて説明致しました。近年、中国の政府及び国内企業が研究開発の投資を積極化していることを受けて、中国国内の研究機関に於いて、自主技術、自主知財の蓄積が大幅に進んでいます。更には、中国経済が「新常態」に入り、従来の労働・資源集約型の重厚長大産業を中心とした産業構造からの脱却、その為のイノベーションの推進政策に力点が移されています。そのような中国の経済環境の大きな変革の下、特許法の改正準備作業が進んでいると言えます。 […]
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